【書評】731[2冊の大学ノートから見えた戦後GHQとの闇]

【書評】731[2冊の大学ノートから見えた戦後GHQとの闇]
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どうもタスです。

表紙が暗い。そして、2冊の大学ノートがボンヤリと写っている。本書の内容はまさにこの表紙そのものである。731部隊。インターネットで調べると、なんともおぞましい非人道的な内容が。しかし、それだけで終わる本ではなかった。

そこで今回は、読書習慣を始めて103冊目の本となった『731(新潮社)』を読了したのでお伝えする。

 

著者のご紹介(本書引用)

青木 冨貴子(あおき ふきこ)
1948(昭和23)年、東京生まれ。出版社勤務を経て、フリーランス・ジャーナリストとなる。84年渡米し、『ニューズウィーク日本版』ニューヨーク支局長を3年間務める。

 

目次

プロローグ 深い闇
第一部 加茂から満州へ
 第1章 加茂
 第2章 東郷部隊
 第3章 平房の少年隊
 第4章 ハルピンへの旅
第二部 終戦そしてGHQ
 第5章 「1945終戰当時メモ」
 第6章 占領軍の進駐とサンダース中佐
 第7章 トンプソン中佐の石井尋問
 第8章 「ハットリ・ハウス」の検察官たち
第三部 石井四郎ノートの解読
 第9章 「終戰メモ1946」
 第10章 鎌倉懐疑
 第11章 若松町
エピローグ 軍医たちのその後
あとがき
著者ノート
主要参考文献一覧

 

石井四郎を隊長とする闇の部隊

【書評】731[2冊の大学ノートから見えた戦後GHQとの闇]

戦争はやってはいけないこと。醜いこと。惨禍を起こすこと。今では当たり前ではあるが、その悲惨さを改めて実感した。第二次世界大戦と言えば原子爆弾が象徴ともいうべき化学兵器である。

広島の原子爆弾は、市の人口35万人(推定)のうち9万 – 16万6千人が被爆から2 – 4か月以内に死亡したとされる。30~50%の人が亡くなったということだ。本書タイトルにもなっている「731部隊」は、戦争のための化学兵器を作り、実験していた部隊である。しかも、耳を疑うことなかれ、生体実験を行っていたのである。

千葉県の片田舎にある芝山町(旧名加茂)で生まれた石井四郎は731部隊の隊長であり、本書の主役である。そして、この加茂の人々が蔦のように絡み合って部隊員を構成し、さらに本書の案内役も買ってくれる。当時の村の情勢や、満州の勢い、日本の軍国主義など、複雑に絡み合って731部隊が成り立っていたのである。

 

細菌兵器と生体実験

【書評】731[2冊の大学ノートから見えた戦後GHQとの闇]

化学兵器と言ったが、正しくは細菌兵器である。当時、ロベルト・コッホに代表されるように、ドイツの細菌学は世界の最先端をいっていた。その後を追うように欧州各国も細菌兵器を研究し、第一次世界大戦に登場したことで結果は悲惨で痛ましいものとなった。

そのため、化学兵器と細菌兵器の使用を禁止した「ジュネーブ議定書」が締結されたのである。もっとも、日本と米国は調印したももの、実は批准をしていない。しかし、世界的スタンダードは「窒素性ガス、毒性ガスまたはこれに類するガスおよび細菌学的手段の戦争における使用の禁止に関する議定書」色なのであった。

しかし、日本は満州北部の平房(ピンファン)という村で、一大細菌戦施設を作り、そこで研究および人体実験を行っていたのである。

実験される材料(人体)はマルタと呼ばれ、実験棟も関係者しか入出できないように厳重に管理されている。むしろ、それぞれがどのような研究を行っていたのかすら分からない状態だ。超機密情報なのである。

そこには、現京大、東大医学部卒業生の半数以上が目指す、超難関校である軍医学校で学んだ日本の頭脳集団が集結していた。なお、第八代陸軍軍医総監は文豪の森鴎外である。森鴎外は、現東京大学医学部に規定年齢に満たない間に、年齢をごまかして入学するという秀才ぶりである。話は逸れたが、そんな逸話も興味深い。

細菌は今ではあまり聞かない、ペスト、コレラ、チフス、赤痢菌、炭疽菌、鼻疽菌など多種類である。それらを培養し、ペストであれば「ペストノミ」なる兵器まで開発してしまう。これは、ペストを散布するより、ノミを介して感染させた方が感染確率が上がるという理由で開発された攻撃作戦なのである。

 

2冊の大学ノートとGHQ

【書評】731[2冊の大学ノートから見えた戦後GHQとの闇]

これらの情報は、著者の取材や情報収集など膨大な労力の結果、まとめ上げられたものであり、後世に残すべきものである。しかし、本書はもう一つの主題がある。それが2冊の大学ノートである。石井四郎に関わりのあった、渡邊家から拝借したものだ。

この2冊のノートは、石井四郎が直筆で書いたものであり、表紙にそれぞれ「1945-8-16終戰当時メモ」「終戰メモ1946-1-11」と書かれてある。崩し文字が多く判別が困難であり、暗号のようなコード名も記されており、著者がこのノートの解読するのに1年近くかかっている。

この2冊のノートが無ければ、闇に葬られていた事実は多く、損失は計り知れない。なぜ石井四郎をはじめとする731隊員は戦争戦犯から逃れられたのだろうか。なぜGHQがそれを逃したのだろうか。その疑問の答えはこのノートに隠されていた。

終戦の混沌の中にあるダークサイドで泥臭い部分は、教科書には決して現れることはない。著者の以下の想いは本書から強烈な印象を放ち、読者(もちろん私も)の心に残る。当事者は、当時どういう心境で日々暮らしていたのだろうか。そして、どういう心境で元731部隊員が興したブラッドバンクやみどり十字を経営、運営していたのだろうか。

戦後生まれのわたしは、自分の生まれ育ったアメリカ軍による占領という時代について、長い間興味をもってきた。終戦後、マッカーサーに続いて日本へ上陸した米兵は、1945年末までに43万人以上という膨大なものになった。その数は次第に減っていくものの、彼らの支配を受けた6年8ヶ月、その間に起こった多くの不可解な事件ばかりでなく、われわれ日本人の知らないところで、占領軍は何を計画し、どう活動して、なにを成し遂げたか、闇のように閉ざされたあの時代に起こった事実を知りたいと思ってきたのである。

その目で事実を見よ。そのために、本書を開くことをおススメする。

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