【書評】高校生が読んでいる『武士道』[日本人を理解するための古典]

【書評】高校生が読んでいる『武士道』[日本人を理解するための古典]
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どうもタスです。

奈良本辰也氏が訳した武士道を持っているのですが、当時読んだときは難しい印象だった(当時は…)。現代語訳された「学問のすすめ」と同様、本書にも平易な文章に訳してくれて分かり易いのでは。という想いがあって手に取ってみた。

そこで今回は、読書習慣を始めて112冊目の本となった『高校生が読んでいる『武士道』(角川oneテーマ21)』を読了したのでお伝えする。

 

著者のご紹介(本書引用)

大森 恵子(おおもり けいこ)
1951年4月8日生まれ。日本女子大学文学部英文学科卒業後、同大学院文学研究科英文学専攻修士課程修了。同大学付属中高英語科非常勤講師、法政大学エクステンションカレッジ講師等を経て、現在は東京国際大学言語コミュニケーション学部非常勤講師。日本英文学会会員。

 

目次

推薦の辞 –開成学園前理事長 加藤 丈夫
第一篇 新渡戸稲造と『武士道』
第二篇 『武士道』に学ぶ心
 第一章 道徳体系としての武士道
 第二章 武士道の淵源
 第三章 義
 第四章 勇 –勇敢と忍耐の精神
 第五章 仁 –惻隠の心
 第六章 礼
 第七章 誠
 第八章 名誉
 第九章 忠義
 第十章 武士の教育と訓練
 第十一章 克己
 第十二章 切腹と仇討の制度
 第十三章 刀 –武士の魂
 第十四章 女性の教育と地位
 第十五章 武士道の影響
 第十六章 武士道はなお生き残れるか
 第十七章 武士道の将来
第三篇 『武士道』からのメッセージ
解説 –開成高等学校前教諭 橋本弘正
参考文献

 

本書の生い立ちと成り立ち

【書評】高校生が読んでいる『武士道』[日本人を理解するための古典]

本書のすごいところは、その成り立ちである。生い立ちと言ってもいいかもしれない。以下、解説の一節を見て頂きたい。

偶々、生徒の母君である大森さんから一冊のご本を戴いた。それはご自身のご両親の想い出を綴ったものであったが、それを読んだとき、この文体なら原文の香気を損なわずに、生徒諸君にも読ませられるのではないか、そう思いつつ大森さんに現代訳が可能かどうか伺ったのが平成八年であった。開成の生徒さんのお役に立つならやってみましょうと、大森さんは仰ってくださった。以後、折に触れて訳文が送り届けられた。

なんと、まさかの生徒の母親が本書を書くキッカケを作り、それを先生が認め、そのまま母親が完成させてしまったのだ。全国津々浦々探してこのようなことが起こる学校があるだろうか?本書のタイトルにもなっている高校とはどこなのだろう?

目次を見た方であれば納得するであろう、「開成高校」なのである。高校の日本ランキング(どうでもいいと言えばそうなんだけれど)で必ずトップ3には入る、超有名難関校である。生徒がそうであれば、やはり親もそうなのかと、最後の「解説」まで読み進めて驚いた。

生徒のすごさは、推薦の辞で早々に現れる。

「いま僕たちは世界最先端の技術を持っていることを誇る前に、日本古来の伝統や歴史・文化そして精神をもう一度見直す時期にいるのではないだろうか。自国の伝統や脈々と受け継がれてきた精神を知らずに世界の第一線に出て行くことは恥ずかしいことだ。『武士道』にはこれまで培われてきた日本人の精神のすべてが詰まっている。これは日本人が日本人としての誇りを取り戻し、世界に胸を張って出て行くための必読の書だと思った」

本記事は、これら生徒の感想だけで良いのではと思うに十分な内容なのである。他の生徒の感想も推薦の辞に掲載されているため、一瞥の価値あり。

 

武士道を著すキッカケとは

【書評】高校生が読んでいる『武士道』[日本人を理解するための古典]

話しを本書に戻し、新渡戸稲造が本書をなぜ執筆したのか。なぜ文明開化が起こった明治で武士道を世界に知ってもらう必要があったのか。それを知ることで、本書の価値が認識できる。もちろん、武士道は今でも我々の心や所作に色濃く残り、日本人の思想の深淵になっている。それを当時、世界に追いつけ追い越せであった日本で再認識することが「学問のすすめ」と同様、個人が独立する契機になるのではないかとの信念だったのである。

その信念を揺るぎないものにする、ある質問が本書の原点であり、誕生秘話となる。

約十年前(一八八〇年代から九〇年代の初頭にかけて)私はベルギーの法学者である、ド・ラヴレー教授(M.de.Laveleye)の歓待を受けて、数日間を彼と共に過ごしたが、ある日散歩の折に、私どもの宗教について話が交わされた。「あなたの国の学校には宗教教育は何もないと言われるのですか」この立派な教授は私にこのような質問をされた。私が「ないのです」と答えるや否や、彼はびっくりして、突然足を止められて、「宗教がないと言われるのですか。それでどうして道徳教育を若い人々に授けることができるのですか」と繰り返し尋ねた。私はその時の言葉を決して忘れることができなかった。

世界に向けて「日本」を理解してもらうために、当時の(一握りの)知識人のなかでは以下の課題が共有されていたのである。

この時代、彼らには、西洋のキリスト教文明に対して、自らの伝統的文化を相対化して説明するという大きな課題があった。

 

世界各国で日本人を理解してもらうための古典

【書評】高校生が読んでいる『武士道』[日本人を理解するための古典]

武士道の面白いところは、その精神を個別具体的に説明しながらも、それ等が独立していないことである。まさに「武士道」という一つの集合の中に、各要素が有機的に絡み合っている様を各章毎に関連させて説明している。

例えば、第四章の「勇」は、第三章の「義」のために正しいことを行うことをいう。等である。

また、先に話したとおり、世界に理解してもらうために、尋常じゃない知識を動員して以下の工夫を凝らしている。

 新渡戸の『武士道』の中には、聖書はもとより、ゲーテ、シェイクスピアなど三百人以上の人々の作品や思想が古今東西を問わず引用されている。
 まだ四十歳にもならない人間がこれだけの知識を単に皮相的な通りいっぺんの知識として知っているのでなく、深く読みこなし、自分のものとしていることには非常な驚きである。

本書は武士道をかみ砕いた書なのだが、かみ砕いた中にも引用が沢山現れる。かみ砕いてもなお、引用が理解しやすい表現として残るのである。

 (貴族院議員であった金子賢太郎 ※タスライフ補足)金子は、追悼演説を行う約半月前の三月末、ホワイト・ハウスに招かれ、ルーズヴェルト大統領がまだ『武士道』を読んでいないのを知って、駐米公使を通じて同書を贈った。
 二ヵ月後、昼食に金子をホワイト・ハウスに招いたルーズヴェルトは、同書を読んで初めて日本人の特性を知ることができたので、すぐに書店に三十部を注文し、知人に配布して、自らの五人の子ども達にも熟読させたと告げたということである。

上記は有名な話であるが、本書は外交にまで貢献し、世界各国で日本人を理解してもらうための古典なのである。

 

大森氏の武士道を読むことの意義とは

【書評】高校生が読んでいる『武士道』[日本人を理解するための古典]

本書の中身には言及していないが、最後に、大森氏が武士道を読むことの意義をまとめた文章を見て頂いて終わりにしたいと思う。

 私たちは、いつの世も混沌とした世界に生きている。実社会の中では、絶対に正しいこととか、絶対に優れているといったことはありえない。答えは一つではないのだから。人々は常に迷子になりやすい。
 そういうときに大切なことは、どのように問題を明らかにし、どのように判断し、どのように解決していくのかを考える修練を積んで行くことであろう。
 いくら勉強をしても、実践を踏まえたものでなく頭の中だけで考えたことは、現実にはあまり役に立たない。 現実を知る経験をして初めて、それが自分の血となり肉となるのだ。ただ学んだだけでは何の意味も持たない。学んだことをどうやって社会に還元していくのかが重要であると言えよう。
『武士道』が提示している人間の精神を実践的な行動に向かわせるということは、私たちの生き方の根幹となる。 このことが、現代の若人が『武士道』を学ぶ最も大きな意義なのではないか。

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