【書評】解剖男[遺体科学への強い愛情と解剖学]

【書評】解剖男[遺体科学への強い愛情と解剖学]
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どうもタスです。

本書の第一印象は、著者の写真が強烈なことである。なぜこの写真を使ったのか。読み進めるうちに分かったことなのだけれど、もう少し軟らかい笑顔の写真はなかったのかというツッコミから始まったのである。ネット上には沢山あるのに。。。

タイトルは「解剖男」。とてもシンプルである。シンプルであるがゆえに期待が高まったのだが、その期待に十分応えるだけの面白さがあった。そこで今回は、読書習慣を始めて94冊目の本となった『解剖男(講談社現代新書)』を読了したのでお伝えする。

 

著者のご紹介(本書引用)

遠藤 秀紀(えんどう ひでき)
1965年東京都生まれ。東京大学農学部卒業。国立科学博物館動物研究部研究官を経て、2005年より京都大学霊長類研究所教授。獣医学博士、獣医師。動物の遺体に隠された進化の謎を追い、遺体を文化の礎として保存するべく「遺体科学」を提唱、パンダの掌やイルカの呼吸器などで発見を重ねている。

 

目次

まえがき
第一章 時々刻々遺体あり
第二章 遺体、未来を歩む
第三章 硬い遺体
第四章 軟らかい遺体
第五章 遺体科学のスタートライン
あとがき
参考文献

 

遺体愛と本書を著した理由

【書評】解剖男[遺体科学への強い愛情と解剖学]

本書の第三・四章は「硬い遺体」と「軟らかい遺体」である。これが何を意味するかというと、硬い遺体は「骨」のことで、軟らかい遺体は「内臓や皮膚、毛髪など骨以外の全て」を指す。そもそも著者はタイトルのとおり解剖を生業としている。

解剖することで生物の謎に迫る仕事である。それは救命病棟24時さながらの緊迫感溢れる仕事である。警察、消防、救急医療など、24時間体制でいついかなる場合でも出動要請のある職業がある。著者の仕事も同じだというのだ。いついかなる場合に動物が死に至るか分からないからである。生き物は死んだ瞬間から現状を維持しなくなる。検体として遺体を預かるには24時間体制で出動要請がかかるのである。

著者の遺体愛は相当なものである。まるで遺体も生体も変わらないかのようだ。研究対象としての動物に敬意を表し、真摯に向かっている様子が愛情として十分に伝わってくる。今の研究機関、主に大学等がそう扱わないことに苛立ちを感じるのも無理はないであろう。

著者が本書を執筆したのもそのためだ。以下に、「あとがき」から抜粋する。

本書は、痛いから見出される事実の面白みを芯に捉えてみた。合理性がないという理由で、社会や学界から遺体現物と解剖学の理念が棄却されているなかで、まだそこには新たな事実があふれていることを示したかったことがその訳だ。だが、それだけでは本書を綴った私の発意の半分しか表現されない。
残りの半分は、遺体と人間、遺体と社会、遺体と学界の間を見渡したとき、いまほど人間が遺体を見る価値観が揺らぎ、問われている時代はないと感じられるのである。解剖学者が遺体に価値を見出さない。大学が遺体を集めようとすると、学術経営にそぐわないとされる。遺体を目の前にして、多くの研究者は論文に必要な材料だけを切り取ると、あとは焼き捨てていく。そんな時代に遺体から人間社会を見通したいと思ったのである。だから、終わりの際のページには、いまの学界と社会が遺体にもつ意識に対して、明らかに違和感を抱く筆者の、学者としての想いを記してみた。

本書の全てはこれである。いわずもがなだが、生物学の根源は生物である。それを軽視しては学界として向き合うことはできないのである。動物園でのヒーローであり、私たちの食料源でもある。社会との繋がりを重要視してこそ遺体を研究対象とできるのである。

 

遺体から分かる「系統」と「適応」

【書評】解剖男[遺体科学への強い愛情と解剖学]

本書の第一・二章では遺体の重要性や尊さが語られている。それは先にも話したとおり、遺体を見る価値観を伝えたい著者の強い意志が伝わってくる内容であった。次の第三・四章は遺体そのものについてである。硬いと軟らかいという表現で、それぞれから分かった事実を語るのである。

死人に口なしというが、果たしてそうなのだろうか。と疑問を持たせるくらい、遺体は語るのである。硬いも柔らかいも共通して語るのは、「系統」と「適応」である。「系統」は、字のごとく先祖代々伝わる血のつながりである。血のつながりといっても人間のように数約年数千年単位ではない。何千万年という単位なのである。

「適応」は、これも字のごとく生活環境に適応するということだ。生き抜くために長い年月をかけて進化をしてきた。「適応」した動物が、まさにダーウィンの進化論の「変化できるもの」であり、遺体から適応を逆引きできる訳だ。

例えば、豚の祖先は何かお分かりだろうか?猪なのである。猪は土を掘りながら周囲の匂いを頼りに食物を探し当てる。それが必要だから面長なのだ。ヨーロッパには高級食材のトリュフを、香りを頼りに探すことで買主の役に立つ豚がいる。豚は猪を改良して作った家畜なのである。

また、キリンには前歯が無い。シカ科やウシ科も同様である。そのことはそれらが血縁の近い動物であることを示唆している。さらに、クジラやイルカは偶蹄類(蹄の数が偶数個の種)が祖先であることが分かってきたのである。要は陸にいたということだ。これは、クジラやイルカの腎臓から分かったことなのである。

 

読者が理解しやすい楽しい文章

【書評】解剖男[遺体科学への強い愛情と解剖学]

本書はタイトルから察するに専門的で理解に難いものなのかと思っていた。しかし、読んでみると専門的分野がとても分かりやすい。著者の「難しいことを平易に」する能力の高さが実感できる。もちろん、専門用語をなるだけ使わないようにしていることは公言しているのだけれど、これほど読みやすい専門分野の本はあまりお目にかかれない。

読んでいて楽しいと感じるのは、著者の文章術によるものだと理解した。著者が解剖や研究を心から愛しているから、読んでいる私も楽しくなるのはもちろんではある。けれど、著者の楽しさばかりを伝えたところで読者も必ず便乗できるとは限らない。それであれば、どんな本を読んでも楽しくなるはずである。現実にはそうはいかない。

専門的な知識を体系立てて、素人にも理解し易いように表現することはこの上なく難しい。しかも、そのストーリーは解剖学を「遺体を見る価値観の向上」を背景に添えたまま教えているのだから、さらに難易度が高くなることは必至である。

多分、こういう文章が書けるようになると、表現することが楽しくなるのではないだろうか?著者が簡単に楽チンに表現できているなんて微塵も思わないのだけれど、表現する以上、相手が理解してくれることは嬉しいし楽しいと思うのだ。

本書は、たまに読み返したいなと思うくらい名文だと感じた。そして、私も名文とは言われなくても、読者が理解しやすい楽しくなる文章を書いてみたいと思った。

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