【書評】インターネットⅡ[全ての人が関わる世界を考える]

【書評】インターネットⅡ[全ての人が関わる世界を考える]
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どうもタスです。

前回の「現代語訳 学問のすすめ」に引き続き、今回も発見した古本を手に取ったわけだが、何と、「インターネット」を発見してしまった。持っていた本を再度購入するとは…。

と思ったら、「インターネットⅡ」も発見した。後ほど続編を購入して読もうと思っていただけにこれは嬉しい発見であった。それにしても、以前読んだ本を忘れるとは、やはり人間は忘れやすい生き物であるということを痛感した。

ということで、今回は読書習慣を始めて48冊目の本として「インターネットⅡ(岩波新書)」を読了したのでお伝えする。

 

著者のご紹介

村井 純(むらい じゅん)
日本の計算機科学者。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科委員長兼慶應義塾大学環境情報学部教授。JUNET設立者。WIDEプロジェクトFounder。日本ネットワークインフォメーションセンター (JPNIC) 理事。慶應義塾大学理工学研究科博士課程修了。サイバー大学客員教授。日本のインターネットの父とされ、「ミスター・インターネット」と呼ばれることもある。英語圏では「インターネット・サムライ」のニックネームを持つ。 -wikipedia-

 

目次

はじめに
第1章 何ができたのか
 一 インターネットとコミュニケーション
 二 新しいメディアとして
 三 社会機能の見直し –教育の場面で
第2章 どのようにできているのか
 一 インフラストラクチャーとしての特徴
 二 ISPとIXの役割
 三 変わりつつある点
第3章 ビジネスとインターネット
第4章 何がいけないのか
第5章 何を守るのか
 一 知的所有権とインターネット
 二 インターネットとグローバル・ガバナンス
 三 何を保証するのか
第6章 新しい展開
 一 次世代インターネット・プロトコル
 二 新しい情報インフラストラクチャー
 三 教育とインターネット
 四 インターネットのタイムマシン
第7章 すべての人のために

 

インターネットの急速な拡がり

【書評】インターネットⅡ[全ての人が関わる世界を考える]

「インターネット」では、インターネットそのものについての説明や可能性、これまでの変遷や課題などを見てきたが、今回の続編ではインターネットが全ての人に使われることを想定して、どう変わってきたか、新たにどういう課題が見つかったのか、今後さらにどう展開されるのか、そもそも全て人とは何を指しているのか。といった、さらに一歩踏み込んだインターネットについて話をしてくれる。

驚いたのは、たった3年の間にインターネットの利用者が爆発的に増えたこと。インターネット発展途上などを考慮するとまだまだな感は否めないが、教育の分野や民間の分野、eコマースなど多様に利用されている様にはインターネットの可能性を十分に感じさせるものだった。

この時、まだ1998年である。1997年当時の家庭では128kbpsという今から考えれば想像もできないほどの遅い回線ではあるが、世界中を繋ぐ仮想空間は1995年のWindows95とともに爆発的に普及した。仮想空間だけで展開されていたものが現実空間へ影響を及ぼし、様々な革変が起こった。本書に書かれていることだけでも、教育、オンラインショップ、広告、出版や新聞、決裁、電子商取引など多岐に渡るのである。

これが今からたった20数年前の出来事なのである。これが俗にいうインターネット革命であり、私も無くてはならない、ほとんど身体の一部といっても良い機能にまでなったのである。

 

誕生から未来永劫守り続ける必要があるインターネットの思想

【書評】インターネットⅡ[全ての人が関わる世界を考える]

インターネットの最大の特徴は、その思想にある。その思想は、インターネットの誕生そのものが作り上げたと言っても過言ではないが、その思想が今までのインターネットの発展を支え続けてきた。その思想とは「自律分散的」である。これはインターネットの構成がそうなっているというだけに留まらず、インターネットを取り巻く様々な物の考え方時代が自律分散的でなければならないのだ。

例えば、以下のベストエフォートの説明によると、

インターネットでは、基本的に「不完全なコミュニケーション」の基盤を提供することが大前提となっているのです。「不完全なコミュニケーション」とは、できるだけ伝達は努力しましょうという意味で、ベストエフォートと呼ばれるものです。

これはまさしく自律分散であり、自律したそれぞれが責任を以って行動しましょうという考え方である。その他には、所有権がないこと。所有権がないことから、例えば政府がインターネットを取り締まろうとした際には抗議活動が起こるわけだ。では、誰が取り締まるのか?という問題については、利用者が増えてくることによって自律している個々が解決方法を提供し相互に補完し合うという答えが出てきたと言っているのである。

要はインターネットは自律分散的という思想を過去から未来まで、今後も守り続ける必要がある。そういう意味では中国やロシアなどの中央集権的なインターネットの運用方法では、インターネット自体の拡充が見込めないほか、インターネット産業自体も衰退していくのではないかと考える。

 

仮想空間は現実空間を共有している

【書評】インターネットⅡ[全ての人が関わる世界を考える]

インターネットという自律分散のコミュニケーション手段が発展することで、新しい課題が発見されたことは面白い。特に、以下の指摘は現代の問題点を見事に示している良い例である。

人類には、インターナショナルな調整機構はあるけれども、本当の意味でのグローバルな調整をする仕組みはないということに気が付いたのです。人類はみんな兄弟であるとか、地球はわたしたちの共通の資源であるとか、国境に区切られない「グローバルな空間」というものの存在は意識されています。しかし、いざ、グローバルな空間の課題を、国ごとでなく、グローバルに解決するとなると、その仕組みも経験も、人類は持っていないのではないか、ということです。国際組織といっても「国家の代表」が集まり、しかも加盟国だけの議論です。したがって本当には「全部」の理論ではないし、空間でもありません。

まさに今もその状態であり、その解も模索中ではないだろうか。インターネットができたことにより、初めて顕在化した特殊な問題なのである。そういう意味で「全部」を網羅することは大変意義のあることである。ただし、そもそも「全部」とは何を指すのだろうか?

インターネット途上国(インフラとして機能していない、もしくは、機能してはいるが金銭的理由などで利用できない)はもちろんその対象に含まれるが、さらに検討しなければならない対象は障碍者だ。視聴覚障碍もあれば、手足等の身体的な障碍もあろう。それらすべての人が対象となって「全部」になるのである。

よって、インターネットの対象も問題も全ては仮想空間に限って初めて起こったことではない。それらは、現実空間で既知となっているもの、もしくは、潜在化しているものが見えてきただけなのである。

 

おわりに

今後、IoTやウエアラブルなどを介してインターネットはますます大きくなり、新しい利用価値が増え、産業が栄え、右肩上がりに裕福で不足の無い世界が実現されるであろう。そんな時に、インターネットの原点に戻る必要があれば本書シリーズに目を通し、インターネットの思想を再度思い起こすことをおススメする。もっと言えば、ITに深くかかわらない「全ての人」にインターネットの思想を感じてもらうことで、私を始め「全ての人」がインターネットの発展に関わることを期待したい。

 

本書を読む前にインターネットの原理を知ろう

今現在でもインターネットの基本は本書の一冊に集約されていると言える良書。本書を読む前に一読をおススメする。

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