【書評】哲学入門[ありそでなさそでやっぱりあるもの]

【書評】哲学入門[ありそでなさそでやっぱりあるもの]
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どうもタスです。

「哲学」にはどういうイメージが湧くだろうか?そもそも哲学とは何のことだろうか?

現代では、哲学という言葉よりか「哲学的」という形容詞的な使われ方の方が多いような気がする。結局、私は理解していない。ということで、今回は、読書習慣を始めて130冊目の本となった『哲学入門(ちくま新書)』を読了したのでお伝えする。

 

著者のご紹介(本書引用)

戸田山 和久(とだやま かずひさ)
1958年東京都生まれ。1989年、東京大学大学院人文科学研究科博士課程退学。現在、名古屋大学大学院情報科学研究科教授。専攻は科学哲学。科学者と哲学者の双方からうさん臭がられながらも、哲学と科学のシームレス化を目指して奮闘努力中。著書に『論理学をつくる』(名古屋大学出版会)、『知識の哲学』(産業図書)、『科学哲学の冒険』『新版論文の教室』(以上、NHKブックス)、『「科学的思考」のレッスン』(NHK出版新書)などがある。

 

目次

序 これがホントの哲学だ
第1章 意味
第2章 機能
第3章 情報
第4章 表象
第5章 目的
第6章 自由
第7章 道徳
人生の意味 –むすびにかえて
参照文献と読書案内
あとがきまたは謝辞または挑戦状

 

ありそでなさそでやっぱりあるもの

【書評】哲学入門[ありそでなさそでやっぱりあるもの]

様々な本を読んでいると歴史上、学問と言えば「哲学」が出てくる。むしろ、全ての学問の祖は哲学と言っても過言ではない。そんな哲学なのだが、そのエッセンスを何も知らない。何か難しいことを思索しているイメージが強い。例えば、デカルトの「われ思う、ゆえにわれあり」なんかがそうである。

そう思うと興味は沸いてくるが、何を読んで取り入れたら良いのか分からない。そこで出会ったのが本書である。タイトルもバッチリ。「寝ながら学べる構造主義」で入門書について語られているとおり、「入門」という言葉が入って、しかも、これだけ簡潔なタイトルゆえに興味が湧かないわけがない。

ということで、本書を開くと、まず先に(序に)書かれているのは、哲学の中心主題である。まさに「知らないこと」を明示して、それを体系的に示してくれる構成になっている。では、その中心主題であるが、それは「ありそでなさそでやっぱりあるもの」である。うん、なんか良さそうw

しかし、この「ありそでなさそでやっぱりあるもの」というのが主題であるからこそ「われ思う、ゆえにわれあり」も現れたわけで、あまりベタに専門的でなく、且つ的確に言い表してくれているのがとても心地良い。以降、読み進めていくにつれて、」というものの醍醐味を知ることになる。そして、それが如何に困難であるかということも。

 

本書及び著者の哲学に対する思想とアプローチ

【書評】哲学入門[ありそでなさそでやっぱりあるもの]

話しは変わるが、著者の紹介で「専攻は科学哲学」という言葉があった。科学哲学という分野は初めて知った。先程の序を続いて読むと、序の結いには「本書は唯物論的・発生的・自然主義的観点からの『哲学入門』だ。」と書いてあった。

さて、これがどういう意味なのかというのを単語毎に抜粋すると、

 この世はようするに、物理的なものだけでできており、そこで起こることはすべて煎じ詰めれば物理的なもの同士の物理的な相互作用に他ならない、このように考える立場は、政治的立場が何であれ唯物論だ。

 

(中略)ここでの「湧いて出る」は、自然選択による進化なのかもしれないし、自己組織化なのかもしれない、学習なのかもしれない。大事なのは、そうでないものからいつの間にかそれが現れた、そしてその出現過程はこの物理的世界で起きた出来事であり、そこには何も神秘的なモノはないはずだという考え方だ。とりあえず、この考え方に名前をつけておこう。発生的観点というのはどうだろう。

 

(中略)このように、科学的知見と科学的方法とを使いながら哲学し、また、哲学説も科学的知見によって反証されることを認める立場、言い換えれば、科学の一部として哲学をやろうぜという立場を自然主義という。

 

人生の意味をも考えさせられる存在もどきとは

【書評】哲学入門[ありそでなさそでやっぱりあるもの]

まさに科学と哲学の融合。「科学哲学」とは哲学へのアプローチに科学を用いたものなのである。本書に書かれているように、歴史上有名な哲学者はほとんど出てこない。しかし、2000年以上におよぶ哲学の歴史と問題は共有している。

「ありそでなさそでやっぱりあるもの」とは、大雑把に言えば、日常生活を営む限り、あるのが当然に思われるが、科学的・理論的に反省するとホントウはなさそうだ、ということになり、しかしだからといって、それなしで済ますことはできそうにないように思えてならないもの、のことである。こうしたものたちを、ここではとりあえず、人生に大切な「存在もどき」と呼んでおこう。

この存在もどき(「唯脳論」では機能とも言っていた)こそ、目次にツラツラ挙げられている概念なのだが、これを馬鹿真面目に考えた歴史を読むだけでも、「人生の意味」を考えさせられるし、「むすびにかえ」たことで、明日からの気持ちも楽になるのではないだろうか?まさに哲学的である。

それがどういうことなのかは本書を読んで頂ければと思う。決して、楽観的とかそういう着地ではない。無いものに思考を巡らせるということがどういうことなのかがよく分かる。たぶん、理解できたのは50%位なのだろうけれど。

著者の楽しませてくれる文体も楽しかった。所々出てくる「エビスビール」に惹かれて、私も缶ビールを開けてしまいそうだったが、(酔ったら読めないので)何とか自制して読めたというところ、そこだけは著者に勝ったかなと思う。

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