【書評】数学嫌いな人のための数学[数学の生命は論理である]

【書評】数学嫌いな人のための数学[数学の生命は論理である]
この記事は約6分で読めます。

どうもタスです。

死語ですが「ジャケ買い」って知ってるだろうか?ジャケ買いとは、「レコード・CD・本などのカバーの印象が気に入って買うこと。」をいう。今回、私はジャケットならずタイトルで買ってしまった。「タイ買い」である(よくあるか)。

そこで今回は、読書習慣を始めて132冊目の本となった『数学嫌いな人のための数学 数学原論(東洋経済)』を読了したのでお伝えする。

 

著者のご紹介(本書引用)

小室 直樹(こむろ なおき)
1932年東京生まれ。京都大学理学部数学科卒業。大阪大学大学院経済学研究科、東京大学大学院法学政治学研究科修了(東京大学法学博士)。この間、ミシガン大学、マサチューセッツ工科大学、ハーバード大学各大学院で研究生活をおくる。著書『ソビエト帝国の崩壊』『国民のための経済原論』(以上、光文社)、『小室直樹の資本主義言論』『日本人のための経済原論』(以上、東洋経済新報社)、『「天皇」の原理』(文藝春秋)、『日本の敗因』(講談社)、『日本人のための宗教原論』(徳間書店)、『資本主義のための革新』(日経BP社)、『痛快!憲法学』(集英社インターナショナル)他多数。

 

目次

はじめに
Chapter1 数学の論理の源泉 –古代宗教から生まれた数学の論理
1 神は存在するのか、しないのか
2 そんざいするのかしないのか、それが問題だ –ギリシャの三大難問題
3 新航路は果たして存在するのかしないのか –「解」を目的にしたか否かが問題だ
4 n次方程式には「解」がある –ガウスが発見した「解」の存在
5 最高の役人は最低の政治家である
Chapter2 数学は何のために学ぶのか -論理とは神への論争の技術なり
1 「論理」とは「論争」の技術なり –東西の論争技術
2 東西の「論理」の違い
3 数学の論理への誘い
Chapter3 数学と近代資本主義 –数学の論理から資本主義は育った
1 数学と資本主義の精神
2 資本主義的指摘諸喩件の絶対性と抽象性
3 中国や日本社会の特性
Chapter4 証明の技術 –背理法・帰納法・必要十分条件・対偶の徹底解明
1 形式論理学の”華” –背理法(帰謬法)
2 数学を除くあらゆる科学は不完全である –帰納法
3 社会科学の最重要概念 –必要条件と十分条件
4 対偶の論理 –なにかがうまくいっていないときのおすすめ発想法
Chapter5 数学と経済学 –経済理論を貫く数学の論理
1 ちょっぴりの数学で理論経済学の極意が分かる
2 国民(national)を理解すると経済が分かる
3 経済の相互連関を単純なモデルで理解する
4 経済学の奥義が分かり数学が大好きに

 

数学の生命はlogos(ロゴス)である

【書評】数学嫌いな人のための数学[数学の生命は論理である]

まず、本書には公式、数式、図示等々、およそパッと見で数学と呼べそうな、数学が苦手な人が敬遠する内容は出てこない。Chapter5には多少現れるが、それも中学校の数学を思い出せれば理解できる簡易なものばかりである。

では、本書は何が目玉なのか?それは「数学の有用性」を膨大な例を用いて説明してくれる。ここで膨大といったのは、量より奥深し歴史を用いての説明であることに注意されたい。特に、目次のChapter1を見て頂きたい。何ともビッグなタイトル、「神は存在するのか、しないのか」である。

しかも、内容はビフォア キリスト。つまり、BC時代の話である。ここでの説明の始まりはこうである。

日本人ははじめ何となく「論理」なんて言ってもピンと来にくいが、実は論理こそ数学の生命(いのち)なのである。「論理」という字は漢字であるが、この言葉は西洋から来た。英語でlogic、ドイツ語でLogik、フランス語でlogiqueという。その源はlogos(ロゴス)である。

 

近代数学の論理は形式論理学である

【書評】数学嫌いな人のための数学[数学の生命は論理である]

論理こそ数学の生命である。そして、「論理」とは論争のための方法のことをさす。近代数学の論理は形式論理学である。とまで言っている。その形式論理学が確立した三つの根本原理は以下のとおりである。

  1. 同一律:AはAである(私はあなたである。とは言わない)。
  2. 矛盾律:AはBである。AはBでない。という二つの命題があるとき、両方とも真であることはない。
  3. 排中律:AはBである。AはBでない。左記以外ない(どちらでもある、どちらでもない、はない)。

個を尊重する欧米らしさを非常に感じた。確かに、日本人は論理、換言すればロジカルシンキングというものを日常的に使用しない。中道と言うべきか、0や1、白や黒で結論を出さない。本書に書かれているように、それには長短があると思う。

 

特段有用で趣のある証明の技術[Chapter4]

【書評】数学嫌いな人のための数学[数学の生命は論理である]

しかし、その論理が生命である数学において、資本主義と絡んでくるのが面白い。突然の引用で申し訳ないが、以下の文節を見るにその絡み具合が理解できるだろう。

 経済学において概念の数量化(数学化)が急速に進展し得る所以は、その根本となる所有概念が形式合理化(計算可能化、数学化)したからである。すでに強調したように、近代資本主義においては、所有は、絶対化(所有者は一人である)し、抽象化した(拙著『小室直樹の資本主義言論』東洋経済新報社、一九九七年、第三章参照)。このことによって、所有は数学化したのである。

はて、なんのこと?と興味を持った方は一読されたい。先程の長短の一端が見れると思う。

私は、中でもChapter4の証明の技術が面白かった。背理法、帰納法、必要十分条件、対偶など、一度は聞いたことがある有名な論理学である。これらを駆使することで、思考を理路整然とすることができ、且つ共通理解に有用である。そして、これ等が生命である数学の力を知るのがChapter5にある(生徒が後半異様に強くなってくる様も見てほしい)。

冒頭にもお伝えしたが、本書は数学をゴリゴリ勉強するための本ではない。数学って何?を改めて知るために、源まで遡って有用性を示してくれる本なのである。何か遠い過去から数学を巡る旅に出たような気分になるが、そういう旅をすることこそが学習なのではないかと思う。はて、何のために数学を学習しているんだ?と思ったアナタ、旅に出かけてみてはいかが?

スポンサーリンク


Pocket


SNSでもご購読できます。

コメントを残す

*

CAPTCHA