【書評】ふしぎなキリスト教[キリスト教入門・再入門]

【書評】ふしぎなキリスト教[キリスト教入門・再入門]
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どうもタスです。

今回も新書大賞から選定した本である。宗教というと日本人は無頓着である。少なくとも私はそうだ。なにしろ、日常的に関りは薄いからである。しかし、ニュース等を見ていると宗教関連の話題を見ることは多い。

本書はグローバリゼーションを大概でいうと「西洋化」であり、その西洋化の根本にはキリスト教があるという。キリスト教は宗教の中でも代表的な宗教のうちの一つである。そのキリスト教とは何ぞや、そして、グローバリゼーションとどういった関係があるのか。本書はその問いに応える。

そこで今回は、読書習慣を始めて136冊目の本となった『ふしぎなキリスト教(講談社現代新書)』を読了したのでお伝えする。

 

著者のご紹介(本書引用)

橋爪 大三郎(はしづめ だいざぶろう)
一九四八年生まれ。東京大学大学院社会学研究科博士課程単位取得退学。現在、東京工業大学教授。社会学者。著者に『はじめての構造主義』『はじめての言語ゲーム』(ともに講談社現代新書)、『世界がわかる宗教社会学入門』(ちくま文庫)、『冒険としての社会科学』(洋泉社MC新書)、『「心」はあるのか』(ちくま新書)などがある。

大澤 真幸(おおさわ まさち)
一九五八年生まれ。東京大学大学院社会学研究科博士課程修了。社会学博士。千葉大学助教授、京都大学教授を歴任。著書に『ナショナリズムの由来』(講談社、毎日出版文化賞)、『不可能性の時代』(岩波新書)、『「正義」を考える』(NHK出版新書)、『量子の社会哲学』(講談社)などがある。思想月刊誌『THINKING「O」』(左右社)を主宰。

 

目次

まえがき
第1部 一神教を理解する –起源としてのユダヤ教
 1 ユダヤ教とキリスト教はどこが違うか
 2 一神教のGodと多神教の神様
 3 ユダヤ教はいかにして成立したか
 4 ユダヤ民族の受難
 5 なぜ、安全を保障してくれない神を信じ続けるのか
 6 法律の果たす役割
 7 原罪とは何か
 8 神に選ばれるということ
 9 全知全能の神がつくった世界に、なぜ悪があるのか
 10 ヨブの運命 –信仰とは何か
 11 なぜ偶像を崇拝してはいけないのか
 12 神の姿かたちは人間に似ているのか
 13 権力との独特の距離感
 14 預言者とは何者か
 15 奇蹟と科学は矛盾しない
 16 意識レベルの信仰と態度レベルの信仰
第2部 イエス・キリストとは何か
 1 「ふしぎ」の核心
 2 なぜ預言書が複数あるのか
 3 奇蹟の真相
 4 イエスは神なのか、人なのか
 5 「人の子」の意味
 6 イエスは何の罪で処刑されたか
 7 「神の子」というアイデアはどこから来たか
 8 イエスの活動はユダヤ教の革新だった
 9 キリスト教の終末論
 10 歴史に介入する神
 11 愛と律法の関係
 12 贖罪の論理
 13 イエスは自分が復活することを知っていたか
 14 ユダの裏切り
 15 不可解なたとえ話1 不正な管理人
 16 不可解なたとえ話2 ブドウ園の労働者・放蕩息子・九十九匹と一匹
 17 不可解なたとえ話3 マリアとマルタ・カインとアベル
 18 キリスト教をつくった男・パウロ
 19 初期の教会
第3部 いかに「西洋」をつくったか
 1 聖霊とは何か
 2 教養は公会議で決まる
 3 ローマ・カトリックと東方正教
 4 世俗の権力と宗教的権威の二元化
 5 聖なる言語と布教の関係
 6 イスラム教のほうがリードしていた
 7 ギリシア哲学とキリスト教神学の融合
 8 なぜ神の存在を証明しようとしたか
 9 宗教改革――プロテスタントの登場
 10 予定説と資本主義の奇妙なつながり
 11 利子の解禁
 12 自然科学の誕生
 13 世俗的な価値の起源
 14 美術への影響
 15 近代哲学者カントに漂うキリスト教の匂い
 16 無神論者は本当に無神論者か?
 17 キリスト教文明のゆくえ
あとがき
文献案内

 

グローバリゼーションの起源である西洋の中核が「キリスト教」

【書評】ふしぎなキリスト教[キリスト教入門・再入門]

冒頭でも言ったが、私は宗教に無頓着である。むしろ、宗教というものを知らない。だから一神教や多神教と言われても字面では理解できるが、実際の生活行動に照らしても何のことやら?といった形である。

確かに、子供のころは「ご飯を残すと罰が当たる」とか、「悪いことをしていると神様が見ているよ」とか言われたものである。神様っているのかな?と思っていたし、今となっては都合の良いときだけ神様を出すものだなと思っていたりもする。要は信じているようで信じていないわけである。

本書は冒頭にもお伝えしたとおり、「キリスト教とは何なのか、そして、グローバリゼーションとどういった関りがあるのか」と解き明かす著者二人の対談本である。そのことを表す「まえがき」の部分を引用する。

 (中略)それならば、近代の根拠になっている西洋とは何か。もちろん、西洋の文明的なアイデンティティを基礎づけるような特徴や歴史的条件はいろいろある。だが、その中核にあるのがキリスト教であることは、誰も否定できまい。

 

(中略)西洋とは、結局、キリスト教型の文明である。つまり、西洋は、世俗化してもなおかつどこかキリスト教に根を持っていることが大きく効いているような社会である。
 近代化とは、西洋から、キリスト教に由来するさまざまなアイデアや制度やものの考え方が出てきて、それを、西洋の外部にいた者たちが受け入れてきた過程だった。大局的に事態をとらえると、このように言うことができるだろう。

 

「わかっていない度合い」をIQで表すと日本人はトップ

【書評】ふしぎなキリスト教[キリスト教入門・再入門]

西洋を表すための中核となるのがキリスト教で、世俗化されてもその根本にはキリスト教が内在していることは誰も否定できない事実であることを示している。また、日本人とキリスト教の関係を以下のように表している。

(中略)いまある程度近代化した社会の中で、近代の根っこにあるキリスト教を「わかっていない度合い」というのをもしIQのような指数で調べることができたとしたら、おそらく日本がトップになるだろう。それは日本人が特に頭が悪いということを意味しているわけではない。そうではなくて、日本があまりにもキリスト教とは関係のない文化的伝統の中にあったことがその原因である。

全くその通りであり、だからこそ、本書を読む価値はあると思う。本書は、キリスト教を理解するために、キリスト教が内在させているユダヤ教徒は何か、そして、同じ一神教としてのイスラム教徒の違いは何か。また、キリスト教そのものであるイエス・キリストとは何なのか。一神教と多神教の違いは何か。キリスト教の曖昧さとはどういった点なのか。それらの疑問について、以下の点を踏まえて全解明してくれる。再度、そのことを表す「まえがき」の部分を引用する。

(中略)私たちは、この対談に二つの背反する条件を課した。一方では、基礎を何も知らない人にもわかってもらえるようにした。かつ、他方で、キリスト教や近代社会についてすでに多くの知識をもち、いろんなことを考えてきた人にとっても「それは本質的な問題だ」と思ってもらえるものにした。一見背反しているように見える、こうした両面が欲しい。その両面を一挙に獲得するにはポイントがある。キリスト教に限らず、どんな知的主題に関しても言えることだが、ある意味で最も素朴で基本的な質問が一番重要である。そういう質問は、初学者にとっての最初の疑問であると同時に最後まで残る一番しぶとい重要な謎である。

まさにこの観点であるのが名著なのである。そして、だからこそ、帯での評判も絶賛なのである(高橋源一郎、赤坂真理、茂木健一郎、森達也、渡邊十絲子)。

 

厳格な解釈の枠組みを押しつけることなしに、宗教現象を記述

【書評】ふしぎなキリスト教[キリスト教入門・再入門]

なのだが、私にはどうもなじまない。やっぱり神はいるのだろうと心では思っているが、やはり仏教徒(自分はそう思っていないけど。無宗教?)であるがゆえか私は唯物論である。存在証明ができないものをどう存在していると思えるのかが理解できない。

この対談にしても、何事も無理にキリスト教に結び付け、神を起源とした秩序に落ちつけているように思えてならない。確かに、日本は文明開化から近現代の文明が加速され、そのもとは西洋化である。西洋の歴史は宗教の歴史では無いのかと言えば嘘になるし、現に今もその流れは続いている。

しかし、そのすべてをすべてキリスト教に収束して良いのか?という疑問は残る。

そう考えつつも、宗教観点で見た社会学、まさに宗教社会学の観点だと…ということなのだろうが。確かに、これほど巨大な影響力があるキリスト教が世界に経済に政治に法律に…影響がないわけはない。さらに、『意識レベルの信仰と態度レベルの信仰』で言われているように、態度(無意識)レベルに進行しているとすれば、それはなお顕著になるはずである。

本書について検索しようとGoogleの検索窓に「ふしぎなキリスト教」と打つと、オートコンプリートにより「ふしぎなキリスト教 間違い」という検索内容が表示される。その内容は、「あれが違う」「これは正しくない」究極は読むなである。

しかし、神学者である佐藤優によると『宗教現象に対して厳格な解釈の枠組みを押しつけることなしに、宗教現象を記述すること』と解釈し賛成している(「日本人のためのキリスト教神学入門」佐藤優)。

何はともあれ、人の受け取り方は千差万別でそれを批判することはナンセンスであるけれど、本書は著者の意図通り楽しめる本であることは間違いない。そうした知識や感覚を源泉とし、世界情勢を見るとまた違った世界が見れることだろう。私は素人の「なんでこれってこうなの?」に応える本に、非常に勇気を感じ見応えを感じ、そして楽しさを感じる。

そのためには「厳格な解釈の枠組み」はある程度廃されていなければならないのはいうまでもない。

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