【書評】ルポ貧困大国アメリカ[新自由主義の自由は本当か?]

【書評】ルポ貧困大国アメリカ[新自由主義の自由は本当か?]
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どうもタスです。

前回に引き続き、今回も新書大賞を受賞した本を読んだ。本書に出てくる話はとても非現実的に感じるが、実はタイトルどおり、どれもが背筋が凍りそうになるリアリティある実話なのである。

そしてそれは、本の後半に書かれているように、日本がアメリカを追う以上、その波は日本にも来るかもしれない。

そこで今回は、読書習慣を始めて135冊目の本となった『ルポ貧困大国アメリカ(岩波新書)』を読了したのでお伝えする。

 

著者のご紹介(本書引用)

堤 未果(つつみ みか)
東京生まれ。ニューヨーク州立大学国際関係論学科学士号取得。ニューヨーク市立大学大学院国際関係論学科修士号取得。国連婦人開発基金(UNIFEM)。アムネスティ・インターナショナル・NY支局員を経て。米国野村證券に勤務中、9・11同時多発テロに遭遇。以後ジャーナリストとして活躍。現在はNY-東京間を行き来しながら執筆、講演活動を行っている。
著書に『空飛ぶチキン』(創現社出版)。『グラウンド・ゼロがくれた希望』(ポプラ社)。2006年『報道が教えてくれないアメリカ弱者革命–なぜあの国にまだ希望があるのか』(鳴海社)で黒田清・日本ジャーナリスト会議新人賞受賞。2006年より朝日ニュースター「ニュースの深層」サブキャスター、「デモクラシー・ナウ!」解説者。

 

目次

プロローグ
第1章 貧困が生み出す肥満国民
 コラム① 間違いだらけの肥満児対策
第2章 民営化による国内難民と自由化による経済難民
 コラム② ニューオリンズの目に見えぬ宝
第3章 一度の病気で貧困層に転落する人々
 コラム③ 不安の「フード・ファディズム」
第4章 出口をふさがれる若者たち
 コラム④ 誰がメディアの裏側にいるのか?
第5章 世界中のワーキングプラが支える「民営化された戦争」
 コラム⑤ テロより怖い民営化
エピローグ
初出一覧
あとがき

 

キーワードは「新自由主義」と「市場原理主義」

【書評】ルポ貧困大国アメリカ[新自由主義の自由は本当か?]

本書を構成する第1~5章はそれぞれを読み切りとして扱っても非常に面白い。その理由は、どの章から始めても最後の結論に行き着く過程は同じだからである。なにも単純と言っているわけではなく、それがシンプルに恐ろしい真実を強烈に植え付けさせる。

本書のキーワードは「貧困」ではない。むしろ、貧困はサブキーワードであると言っても過言ではない。では、キーワードとは?

それは、「新自由主義」と「市場原理主義」である。それは何を指すのか改めてお伝えしよう。

まず、「新自由主義」とは、『政府の財政政策による経済への介入を批判し,市場の自由競争によって経済の効率化と発展を実現しようとする思想。』のことをいう。

次に、「市場原理主義」とは、『市場での自由な競争に任せておけば、価格・生産ともに適切に調節され、ひいては生活全体も向上するという考え方。政府による市場への介入や規制などの極小化を主張する。』のことをいう。

どちらも、「市場の自由競争」と「政府の介入を弱める」ことを推し進める。

 

人権が無いという恐怖

【書評】ルポ貧困大国アメリカ[新自由主義の自由は本当か?]

本書はこの主義が災いをもたらすと言っている。肥満や難民、経済格差、医療システム、教育、労働から戦争まで、ありとあらゆることの背景にはこの主義があり、全てを吞み込んでいるというのである。

また、そこには人権はほとんどない。それはプロローグの以下の一文に要約されている。『それは日本国憲法第二五条でいう、すべての国民が健康で文化的な最低限度の暮らしを営める権利を侵されることだ。』

 

「消費され、使い捨てられる」システムとは

【書評】ルポ貧困大国アメリカ[新自由主義の自由は本当か?]

私は本書を読み進めると同時に、相当の恐怖を感じた。その恐怖とは、「そして殺人者は野に放たれる」とはまた別のジワジワと追い込まれて痛ぶられるような、まさに本書に出てくる「消費され、使い捨てられる」ような恐怖である。

本書に出てくる人たちも、そうならないように、むしろ、ネガティブなことは見えていない、未来を見て生きる人たちばかりなのであるが、それすら巨大な力によって閉ざされ、暗黒側にズルズルと引き込まれていくのである。

そうなったのは自己責任なのか?いや、そうではない。全ては「システム」が悪いのである。

本書は、「主義」とそれを実現する「システム」、「システム」を構成するファクターたち。そのファクターの暗躍とそれに巻き込まれる人々のサイクルそのものを取り扱う。

本書が出版されて約15年。タイトルも「ルポ貧困大国日本」となっていてもおかしくはないが、そうなっていないこと、ならないことを願うのは私だけではないはずである。

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