【書評】寝ながら学べる構造主義[自世界の狭隘さを知り寛大へ]

【書評】寝ながら学べる構造主義[自世界の狭隘さを知り寛大へ]
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どうもタスです。

面白過ぎて2回も読んでしまった。なるほどなと思えるのだけれど、異次元に飛んで行ったようにも錯覚してしまうような不思議な話。だけれど、これが現実なのだろうし、私たちはこの思考で生活している。それが構造主義である。

そこで今回は、読書習慣を始めて123冊目の本となった『寝ながら学べる構造主義(文藝春秋)』を読了したのでお伝えする。

寝ながら学べる構造主義
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著者のご紹介(本書引用)

内田 樹(うちだ たつる)
1950年東京生まれ。東京大学文学部仏文科卒。東京都立大学大学院博士課程中退。2011年3月、神戸女学院大学大学院文学研究科教授を退職。現在は同大学名誉教授。専門はフランス現代思想、映画記号論、武道論。2007年『私家版・ユダヤ文化論』で第六回小林秀雄賞を受賞。『日本辺境諭』で新書大賞2010を受賞。他の著書に『街場のメディア論』『レヴィナスと愛の現象学』『他者と死者』『うほほいシネクラブ』等。

 

目次

まえがき
第一章 先人はこうして「地ならし」した –構造主義前史
第二章 始祖登場 –ソシュールと『一般言語学講義』
第三章 「四銃士」活躍す その一 –フーコーと系譜学的思考
第四章 「四銃士」活躍す その二 –バルトと「零度の記号」
第五章 「四銃士」活躍す その三 –レヴィ=ストロースと終わりなき贈与
第六章 「四銃士」活躍す その四 –ラカンと分析的対話
あとがき
引用、参考にした文献

 

「まえがき」の構造からして面白い

【書評】寝ながら学べる構造主義[自世界の狭隘さを知り寛大へ]

タイトルに惹かれたことと、前回読んだ「態度が悪くてすみません」が面白かったこともあり、本書を試し買いのつもりで購入した。正直、構造主義とは何なのかを知らなかった。むしろ、知らなかったから買ったのである。

すると、「まえがき」に面白いことが書いてあった(内田さんは面白い発想の持ち主であることを理解した)。

よい入門書は「私たちが知らないこと」から出発して、「専門家が言いそうもないこと」を拾い集めながら進むという不思議な工程をたどります。(中略)よい入門書は、まず最初に「私たちは何を知らないのか」を問います。「私たちはなぜそのことを知らないままで今日まで済ませてこられたのか」を問います。(中略)これまでの説明でお分かりいただけたでしょうが、この本は「私が知っていること」よりむしろ「私が知らないこと」を中心に書かれています。

まさに私のパターンではないだろうか。知らないことを知りたい。興味を持った。なぜ知らなくて良かったのかも知りたい。ただ、最後の内容に衝撃を受ける。しかし、その内容も次の一文で理解する。

これは『地球の歩き方』を読むときには、現地に三代前から住んでいる人の情報よりも、さきほどそこを旅行してきたばかりの人の情報のほうが、旅行者にとっては「使い勝手がよい」というのと同じです。

なるほど、納得の行く一文である。この他にも、「知らなかったこと」は敢えて努力をして「知りたくない」と思っていた。だとか、入門書は専門書よりも「根源的な問い」に出会う確率が高い。であるとか、最初から興味深い内容が多過ぎる。特に、『「知らなかったこと」は敢えて努力をして「知りたくない」と思っている』ことは、構造主義の本質であるかもしれない。

 

構造主義をひとことで表現すると

【書評】寝ながら学べる構造主義[自世界の狭隘さを知り寛大へ]

さて、主題である構造主義だが、本書では以下のように解説する。

 構造主義というのは、ひとことで言ってしまえば、次のような考え方のことです。
 私たちはつねにある時代、ある地域、ある社会集団に属しており、その条件が私たちのものの見方、感じ方、考え方を基本的なところで決定している。だから、私たちは自分が思っているほど、自由に、あるいは主体的にものを見ているわけではない。むしろ私たちは、ほとんどの場合、自分の属する社会集団が受け容れたものだけを選択的に「見せられ」「感じさせられ」「考えさせられている」。そして自分の属する社会集団が無意識的に排除してしまったものは、そもそも私たちの視界に入ることがなく、それゆえ、私たちの感受性に触れることも、私たちの思索の主題となることもない。
 私たちは自分では判断や行動の「自律的な主体」であると信じているけれども、実は、その自由や自律性はかなり限定的なものである、という事実を徹底的に掘り下げたことが構造主義という方法の功績なのです。

とても衝撃的な内容である。私は主体的に物事を考え、判断し、私の身に起きる全ての物事は私自身で操作できる事象なのだと認識していた。しかし、構造主義はそれを壊す。主体は私ではなく、ある構造だというのである。それは時代であったり、地域であったり、社会集団であるかもしれない。生まれながらに、自分には見えない何かに拘束され、あるいは除外されたがゆえに見えないのである。

本書は著者が言うように、分かりやすいよう至る所で「たとえ話」が沢山盛り込まれ敷衍されている。上記、構造主義の解説の背景にも納得の行くわかりやすい例え話が散りばめられている。そのため、よく分からないという方向ではなく、では、こちらの場合であればどう捉えられるのだろう?とか、自分で発展して思惟できる。

 

自分の住んでいる(認識している)世界が如何に狭いか

【書評】寝ながら学べる構造主義[自世界の狭隘さを知り寛大へ]

本書には、構造主義の始祖である「フェルディナン・ド・ソシュール(Ferdinand de Saussure)1857~1913」から始まり、構造主義の四銃士である、文化人類学の「クロード・レヴィ=ストロース(Claude Levi Strauss)1908~2009」、精神分析の「ジャック・ラカン(Jacques Lacan)1901~1981」、記号論の「ロラン・バルト(Roland Barthes)1915~1980」、社会史の「ミシェル・フーコー(Michel Foucault)1926~1984」の思想や影響について、各章に分けて解説する。

どれも独特であり、腑に落ちる。腑に落ちると、現実世界に異様さを感じざるも負えなくなる。しかし、内田氏は言う。

構造主義という思想がどれほど難解とはいえ、それを構築した思想家たちだって「人間はどういうふうにものを考え、感じ、行動するのか」という問いに答えようとしていることに変わりはありません。ただ、その問いへの踏み込み方が、常人より強く、深い、ということだけのことです。(中略)彼らがその卓越した知性を駆使して解明せんとしているのは、他ならぬ「私たち凡人」の日々の営みの本質的なあり方なのですから。

これを頭の片隅に置きながら読むと、「そうかもしれない」と思えるし、視野も広がり、自然と心も寛大になってくる。心にゆとりを持たせる主義なのかもしれない。自分が見ている世界はいかに小さいのか。未知の世界はもっと広いのだよと言われているような気もする。

 

内田氏の熱狂的なファン

【書評】寝ながら学べる構造主義[自世界の狭隘さを知り寛大へ]

最後に、面白い本の著者というのは、絶対というわけではないけれど、声も聴きたくなってしまう。YouTubeで内田さんを検索してみると、意外な動画が。

武田鉄矢さんは大の内田ファンだそうで、本はほとんど持っていて、当時入院していた際に購入した本には付箋がビッシリ(現物は動画で見れます)。崇拝の気持ちが大き過ぎて、ほとんどの尺を武田氏の話に使ってしまう始末。本人が目の前にいる心情は察するが、ゲストの話を聞きたかったというのが本音であるw

内田さんは、爽やかな外見ながらガッシリとした体格で、それでいて物腰の軟らかい口調が雰囲気を和ます。外見と雰囲気のギャップで空間次元操作しているのかと錯覚する。この動画の他にも内田氏の動画は多数あり、特に講演・講義の動画に興味を持った。

一冊の本から派生して、様々な考え方に触れることはとても興味深く、だから止められない中毒症状になるのだなと改めて実感した。

寝ながら学べる構造主義
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