【書評】モンテッソーリメソッド[近過ぎず離れ過ぎずの距離感で]

【書評】モンテッソーリメソッド[近過ぎず離れ過ぎずの距離感で]
この記事は約9分で読めます。

どうもタスです。

私は二児の父で、教育パパということはない(なるつもりはない)が、教育情報に興味がないわけではない。もちろん、モンテッソーリ・メソッドという言葉を聞いたことはある。何で聞いたかというと、この言葉を知っている人で知らない人がいないであろう、「藤井聡太棋士」がこのメソッドで育ったということである。

本書はモンテッソーリ・メソッドの教育法で保育をしている著者が、当メソッドの意義をお伝えする。

そこで今回は、読書習慣を始めて128冊目の本となった『子どもの才能を伸ばす最高の方法 モンテッソーリメソッド(あさ出版)』を読了したのでお伝えする。

 

著者のご紹介(本書引用)

堀田 はるな(ほった はるな)
モンテッソーリ原宿子どもの家・モンテッソーリすみれが丘子供の家教員、保育士。
北海道出身。アパレル業界を経て、2001年にアマゾンジャパン株式会社に入社。オンラインマーケティング業務に従事。2009年に株式会社マネックスFXに入社、マーケティング企画やPRを担当。結婚を機に、教育の道へ転身。2016年、NPO法人東京モンテッソーリ教育研究所付属教員養成コース卒業、日本モンテッソーリ教員免許取得。

堀田 和子(ほった かずこ)
モンテッソーリ原宿子どもの家・モンテッソーリすみれが丘子供の家園長。NPO法人東京モンテッソーリ教育研究所付属教員養成コース主任講師。
上智大学文学部教育学科卒業(心理学専攻)後、1968年、CACOドーム教育研究所開設、児童教育を開始。1972年、上智モンテッソーリ教員養成コース卒業、日本モンテッソーリ協会承認ディプロム取得。1973年、モンテッソーリ原宿子供の家開設。1980年、上智モンテッソーリ教師養成コース講師就任。1988年、AmericanMontessoriSocietyへ留学、モンテッソーリ小学部ディプロム取得。1992年、モンテッソーリすみれが丘子供の家開設。2006年、NPO法人東京モンテッソーリ教育研究所発足。上智大学からモンテッソーリ教員養成コースが独立するに伴い主任講師就任。

 

目次

はじめに ~子どもの才能を伸ばす最高の方法
第1章 モンテッソーリ・メソッドで育つとどんな大人になるのか
第2章 子どもの才能を伸ばすモンテッソーリ・メソッドとは
第3章 子どもが育つ「環境」を整える【家庭編】
第4章 子どもが育つ「環境」を整える【子供の家編】
第5章 小学校以降のモンテッソーリ・メソッド

 

Googleの20%ルールも当メソッドがルーツ

【書評】モンテッソーリメソッド[近過ぎず離れ過ぎずの距離感で]

モンテッソーリ・メソッドの教育法で育った有名人は藤井聡太棋士だけに留まらない。特に多いのはイノベーターである。本書で紹介されているだけでも、Googleの創業者であるラリー・ペイジとセルゲイ・ブリン、AmazonのCEOであるジェフ・ベゾス、Wikipediaを始めたジミー・ウェルズ、Facebook創業者のマーク・ザッカーバーグなどである。

テクノロジー分野以外でも、作家のアンネ・フランク、政治の世界ではクリントン夫妻やバラク・オバマ、俳優のジョージ・クルーニー、経営学者のピーター・ドラッガーなど錚々たる面々が当メソッドから世界に羽ばたいている。

中でも特筆すべきは、Googleの20%ルール(社員が勤務時間の20%、すなわち週のうちの1日は、通常の仕事を離れて自分が一番やりたいことをする)の原点はモンテッソーリ・メソッドなのである。その源泉は、ラリー・ペイジのいう「自律」と「集中」にあり、それによって創造性が育まれるというものである。

20%ルールから生まれた発想からGmailやGoogleマップが誕生したことを考えると、なおさらモンテッソーリ・メソッドに興味が湧いてくる。セルゲイ・ブリンが「モンテッソーリ教育では、生徒に自由が与えられ、自分のペースで学び、何かを発見することが奨励されている」として、「自分の好きなことを追求できているのは、この教育のたまもの」と話すことからも有用性が伝わってくる。

 

メソッドの開祖 マリア・モンテッソーリ

【書評】モンテッソーリメソッド[近過ぎず離れ過ぎずの距離感で]

そもそもモンテッソーリ・メソッドは、1870年(明治3年)にイタリアで誕生したマリア・モンテッソーリから始まった。日本では明治4年に文部省(現在の文部科学省)ができ、その翌年に「どの村の、どの家にも教育を受けていない人がいないように」と定められた「学制」が発布された。ただし、女子は教育の対象になっていない時代である。

ヨーロッパでもご多分に漏れず、女性には厳しい待遇しかなかった時代ではあるが、マリア・モンテッソーリは大学の医学部に進学する。当時としては全体未聞である。さらに1896年、女性として初めての医学博士号を取得する。

華やかな経歴とは裏腹に、当時の時世のために就職先も見付からず、精神病院の医師職に就くことになった。ここであることに気付く。

 ここで知的障害のある子どもが床に落ちたパンくずを拾い集めることに熱中している様子を見たモンテッソーリは、知的な障害のある子どもも感覚的な刺激を求めることを発見し、衝撃を受けます。
 モンテッソーリは、この子どもに、指先を動かして触れることによって感覚的な刺激を得られる玩具を渡し、その後どういうことが起こるのか観察を始めました。
 数カ月後、この子どもの知能テストを行ったところ、明らかに知能指数が伸びている結果が得られました。障害のある子どもであっても、感覚を十分に使うことで能力を伸ばせることが立証されたのです。(中略)
 障害児の治療で功績をあげたモンテッソーリは、これを健常児の教育にも適用できると考えて1907年にローマのサン・ロレンツォ地区に初めての「子供の家」(Casadeibambini)を開きました。

この子供の家が、日本のモンテッソーリ子供の家の原点なのは言うまでもない。そして、重要なのは、子供が指先を動かすことである。これはモンテッソーリ教育法の重要方針にもなっている。

 

『近過ぎず離れ過ぎず』でいることが『自律』を助長する

【書評】モンテッソーリメソッド[近過ぎず離れ過ぎずの距離感で]

モンテッソーリ・メソッドの特徴は大きく3つに分類される。

  1. 子どもの自主性を最大限にサポートする
  2. 生き方の基礎となる体験を提供する
  3. 「敏感期」にもとづいた関りをする

これらの詳細は本書で拝見頂くとして、どれも主体は子供であることに注意を置く必要がある。お伝えするよりモンテッソーリ教師の12の心得をご覧いただきたい。

  1. 環境に心を配る
  2. 教具や物の取り扱いを明快、正確に示す
  3. 子どもが環境との交流を持ち始めるまでは積極的に、交流が始まれば消極的にふるまう
  4. 探し物をしている子や助けの必要な子の忍耐の限度を見守ってあげる
  5. 招かれたら応えていく
  6. 招かれたらよく聞いてあげる
  7. 子どもの作業を大事に、中断や質問をさける
  8. 間違いを直接的に訂正せずに、間違った子どもを尊重する
  9. 休んでいる子どもや他人の作業を見ている子どもを無理に呼んだり、作業を押しつけたりしない
  10. 作業を拒否する子どもや知らない子ども、間違っている子どもにはたゆまず作業に誘い続ける
  11. 探し求める子どもには、そばにいることを感じさせ、見つけた子どもにはかくれる
  12. 作業がすんで、快く力を出し切った子どもには、沈黙のうちに喜びを感じさせる

以上である。これも詳細は本書で拝見頂くとして、こう見ると何となく気付いたのが「やり過ぎない」「過保護と手助けの違い」「子供の目線になる」ことである。

どれも同じようなことを言っているようにも聞こえるが、要は子供が主体であることをいかに崩さないか、そして、如何に自然体で行うかが重要だと感じた。これは、私も常に気にしていることで、正直、さほど驚きはしなかったのだが、意外と難しいことは子を持つ父として実感している。

「やり過ぎた」とか、「必要以上に注意やアドバイスをし過ぎた」とか、そういうのはしょっちゅうあって、日々、反省し自己フィードバックの繰り返しである。言うは易く行うは難しの代表例ではないかと思う。本書でも『親の心子知らず、と言いますが、逆もまた真なりです。』と言っていたが、言い得て妙この上ない。

ここでラリー・ペイジの言葉に出てきた「自律」を思い出してほしい。心得にも字体として表れていないだけで、助長する要素として見え隠れしていることは肌で感じ取ることができる。

現代の教育は護送船団方式で、方式のとおり個々より集団(社会)が尊重されている。まず前提として個々を尊重すること(しなければならないこと)は敢えて触れていない。さらに、個々を見る上で「手取り足とり」という言葉があるように、特に小さな子であれば教育はそうなりがちであるが、子供の接し方は『近過ぎず離れ過ぎず』でいることが『自律』を助長するポイントであると認識した。

最後に、ここも触れていないポイントであるが、『自律』とは決して「自立」と同一ではない。漢字が違うという指摘は置いておいて、助けがなくてもやっていける力ではない。自分を律することができる精神力が育まれることが大事なのである。その力があれば「自立」は通過点で、その先も開かれる可能性が高まるのは過言ではない。

むしろ、『楽しそうな人生(いや、楽しい人生)』へ誘ってあげるのが親の役目だとすると、私はこういう教育方針であるべきだと思う。考え方として享受する意味でも一読することをおススメする。

スポンサーリンク


Pocket


SNSでもご購読できます。

コメントを残す

*

CAPTCHA