【書評】大人のための文章法[文章を書くだけに使うのは勿体ない様々なスキル]

【書評】大人のための文章法[文章を書くだけに使うのは勿体ない様々なスキル]
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どうもタスです。

本書はベストセラー「大人のための勉強法」を執筆した著者による「文章の書き方」を指南する本である。ご自身でも言っているけれど、本書は分かりやすい文章である。なんとなく本を読んでみようかなという人にもお勧めできるのではと思う。

そこで今回は、読書習慣を始めて91冊目の本として『大人のための文章法(角川oneテーマ21)』を読了したのでお伝えする。

 

著者のご紹介(本書引用)

和田 秀樹(わだ ひでき)
精神科医。昭和35年、大阪生まれ。昭和60年、東京大学医学部卒業、東京大学附属病院精神神経科助手、米国のカール・メニンガー精神医学校国際フェローを経て、現在は川崎幸病院精神科コンサルタント、一橋大学経済学部非常勤講師(医療経済学)。平成12年にヒデキ・ワダ・インスティテュートを設立し、心理学のビジネスへの応用をはじめとした企業へのコンサルティング活動を積極的に展開する。

 

目次

序章 逃げているかぎり文章は書けない
第1章 私の文章修行
第2章 いい文章を書くための発想法
第3章 コンテを活用した文章の書き方
第4章 「和田式」文章テクニック
第5章 ベストセラーを量産する方法
第6章 プレゼンテーションへの応用
第7章 知識の集約と出力の仕方
終章 書ける人間が生き残る時代

 

大人にとってどういう文章術が必要なのか

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本書は精神科医である著者による文章術を紹介する本である。特筆すべきは精神科医ということではない。著者は、受験勉強関連の書籍で累計150万部も売り上げ、さらに、年間50冊もの本を量産するのである。月にならすと4冊も本を執筆している計算になる。週でいえば1冊だ。驚異的な執筆ペースである。

しかし、冒頭に意外な記述がある。

文章など強制されないとまったく書かない。当時は入試に小論文もなかったので、受験対策で長い文を書く必要もなかった。ときに作文や読書感想文の宿題が出されたが、小学校以来くそみそに国語教師からけなされるのが落ちだった。それがますます私の国語嫌いを加速させ、文章を書くことから逃げることにつながっていったのである。

著者は、過去の苦い経験から文章を書くのが嫌になり、そのトラウマから抜け出せないために文章を書かない人生を送ってきたというのだ。さらに、著者がトラウマになった国語教育を皮肉り以下のように語っている。

日本の国語教育は、情緒的な文が読め、心情読解ができて名文が書けるというのが目標になっているように私には見える。学生時代に書かされた読書感想文にしても、読んだ本に書いてある内容をまとめるだけではだめで、自分の感情が表現できないといけないと叱られたものだ。実際、こういうことが長らく国語教育の目標とされてきたが、これでは国語というより国文学教育である。

私もこれはまさにという感覚であった。純文学は決して否定されるべきものではないにしろ、もっと基本的で大事なことを教える必要は無いのか?社会に出たら情緒感性表現よりもっと活用するべき国語能力が他にあるべきではないのか?という想いがあった。その答えが後続の文である。

日本にいるとこれが当たり前のように思われるが、外国ではそうでない。論理的な文章や説明文がしっかり読めるようになることが母国語教育の基本とされ、母国語であってもしっかりと文法を教わるのだ。作文についても、心情を書くというより、決まりきった形の文章を何度となく書かされる。定型的なレポートが書けるようになるのが、まさに国語教育の基本なのだ。

私の業界(IT業界 ソフトウェア開発 システム開発等)でも議事録や設計書、要件定義書や概要設計書など、実は文章を書く仕事はとても多い。業務上、作成する文章は相手が分かる文章でなければならない。では、設計書は誰が分かればいいのだろう?それは、見る全ての人が分からなければならないのだ。これを理解していない人が多いことに驚くとともに、私の業界だけではなく社会全般的に必要なスキルであることは理解できたと思う。

本書は「大人のための」というわけで、実用的な文章の書き方を説明する。面白いのはテンプレート的な説明ではなく、著者の体験談がふんだんに盛り込まれていることだ。そのため、書き方、思考、方法論に至った理由まで具体例を用いて説明するので理解し易い。

これは著者の「自分にとって役に立つものは人にも役に立つだろう」という精神の表れでもある。

 

文章を書くために重要な二つの要素

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著者は文章が得意ではなかったこと、そしてその理由と日本の国語教育で足りないもの、またそのために私たちが学ぶべきことを話した。とは言っても、文章が書けない人は書こうと思っても最初の一文すら出てこない。これでは学ぶ以前に精神的に避けてしまう。

そのために、どう発想し、どういう順序で書いていけばよいかを本書は具体的に説明する。その詳細は本書に譲るとして、最も大事なことだけお伝えしよう。それは、

  • 伝えたいことを明確にすること
  • コンテを書くこと

である。このたった2つに注力するだけで文章は書けるようになる。それは私も経験済みだから言えるのである。

伝えたいことを明確にすることは、文字通りであるが「この文章で相手に何を伝えたいのか?」を明確にすることなのである。これを明確にすることで、文章のタイトル、結論が決まる。結論があるということは、結論を出すための疑問があるはずなので、それも明確にする。

結論と疑問が明確であれば、疑問から結論を導き出す過程を肉付けしていけばよい。それがコンテ作りなのである。著者はコンテのことを目次と言い換えれば理解できるといっており、

コンテづくりは、その文章を通じて自分がなにをどう主張するかを決める大切な作業でもある。自分がその文章を通じて主張することを、どういう論理構成で伝えていくかもそこで考えるのである。

なのだと説明する。ここから分かることは、文章もある程度の設計作業が必要だということだ。結論から疑問を明確にしたところで、なぜこれを疑問に思ったのか?結論を導き出すうえで参考にした情報は何か?その情報のどういう部分が結論を後押しする要因になったのか?など、コンテにできそうな内容は転がっているはずだ。

 

文章を書くことと論理的思考を持つこと

【書評】大人のための文章法[文章を書くだけに使うのは勿体ない様々なスキル]

文章の書き方を簡単に説明したが、文章を書くということは自分の考えを整理しているともいえる。「精神医学の勉強を重ねるうちに、書くことがメンタルヘルスで大きな役割を担うことも知った。」という著者の言葉にもあるとおり、自身にとっても良い効果が期待できるだろう。

考えを整理しながら文章を組み立てるという作業は、論理的思考がなければ難しい。著者も以下のように語る。

本書は趣味で小説を書けるようになることを目標にしているわけではない。そうではなく、日常生活の中でちょっとした文章を書かなければならないのに、苦手意識が邪魔をしてうまくできずに困っている人にそれを克服するテクニックを身につけてもらうことが目的だということは先ほども述べた。実際、ビジネスの場面で求められている文章を考えてみると、それは人の心を打つ情緒的な文章や名文ではなく、伝えたいことをどう論理的に文章にするかということに価値が置かれているのだ。

この論理性が良いコンテを生む。良いコンテが伝わり易い文章を生むという思考整理術のような役割を果たす。

心情読解など情緒重視の現代の国語教育で優れた点数をとることよりも、数学的な論理性を身につけたほうが、現実に文章を書く場面では大きな力になることになる。

ここでいう数学的なというのは、論理的思考で展開することを指している。なにも数学ができなければ文章が書けない訳では無い。要は、文の前後で食い違っている、繋がらない、話しが飛躍している等、論理が破綻した文章を書かないようにすることが大事なのである。

 

本書に学ぶ重要なキーワード

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最後に、本書に出てくる重要なキーワードを上げて終わりにする。

一つ目はメタ認知である。これは大雑把に言うと「自分の認知に関する認知」のことである。例えば、誰かと議論をしているなかで、相手と対峙して考えをめぐらす自分を第三者として俯瞰する。これがメタ認知である。自分を客観視する能力とでも言えるだろうか。文章表現に限らずメタ認知はとても重要なスキルであり、常日頃から意識したい。

二つ目は、小論文の書き方を学ぶことが文章能力の向上にとても役立つということだ。私自身、小論文を書いた記憶が無いため、学ぶ機会もなかった。過小評価している訳では無いが、勉強する必要は無いと思っていたのだ。これは意外であったので、いつか小論文に関する本を手に取って見たいと思った。

もちろん、文章を書く能力が向上するということは、論理的思考や問題解決力の向上も期待できる。そういった意味では、一石二鳥とでも言える。

三つ目は、物事を異なる角度から穿った見方をするということだ。文章を書くには、言うに足らないが知識が必要である。「引き出し」が多い方が話が面白いというのと同じだ。しかし、その知識も皆同じであれば、先に言った者の勝ちである。であれば、普通とは違った角度から物事を考えるトレーニングをすれば、自分流の引き出しが沢山作れるのではないかということである。

これは自分の考えを持つに限ると思っている。テレビなどのマスメディアに踊らされず、正しい一次データに触れ、自分なりの分析をすることで得られるはずだ。

蛇足にはなるけれど、私はワイドショーのコメンテーターは適当なこと(当たり障りのない聞いても聞かなくても良いようなこと)を言っていると常々思っていた。けれど、そうでもないようだ。なぜなら、著者もテレビ出演しているからである。それが直接の理由ではなく、著者が出演した時にテレビ局側から「わかりやすく話してください」「短く話してください」などと注文をつけられるらしい。

要は、学校教育と同じで、「最もできない人に合わせる」話をしなければならないからだ。制作側に制限されているのである。もちろん、良い面もあるけれど、そんなことではコメンテータの真意は全く伝わらない。著者も話したいことの十分の一も言えないで終わるとのことだ。

現に、話題の新型コロナウイルスの話ばかりをテレビは報道するが、兎にも角にも「感染者が増えた」という画一的な報道しかしない。けれど、他の情報も付き合わせてみると、もっと別の側面が見えてくる。

検査数は増えたの?重傷者は増えた?検査の陽性率は上がっている?都市人口と感染者の比率は?他の病気と比較したら?など、本書でいう複眼思考で見ていけば、マスメディアからの一方的な恐怖心の植え付けも和らぐのではないか。だからと言ってコロナウイルスを軽視するということではなく、正しい情報を入手して判断し、一方的な情報に振り回されないことが重要だと言いたいのである。

コメンテーターがそれでもテレビに出続ける意味は分からないけれど(利益くらいしか…)、少なくともワイドショーやニュース番組の類を重宝して見るということは考えられなくなってくるのではないか。

話しがズレてしまったけれど、本書は文章を書けるようになるための話である。そのスキルは文章を書くだけに留まらず、様々なコトに応用可能な内容になっている。そういう意味では文章を書くということは様々な能力を鍛える手段なのかもしれない。

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