【書評】「五輪書」

【書評】「五輪書」

どうもタスです。

久し振りの書評記事になります。

普段、気になった本はメモなどに残して、時間のある時に読もうと決めているのですが、そのメモが溜まってきたのと、自分自身、DBスペシャリスト資格試験が終わって一段落していたこともあり、今年の超大型GWにKindle版を購入して少しずつ読みました。

一言感想としては、「バガボンド」も読みたくなったことです。

当時、バガボンドは一通り読んだのですが、その時はあまり頭に入ってこなかったのです。

けれど、今回、バガボンドと五輪書と併読して「こんなに面白かったのかぁぁぁぁぁ!!!」と当時から併読しておけば良かったと嘆きました。。。

ということで、バガボンドについてはまた機会を以ってお伝えしようと思います。

では、今回は「五輪書」についてお伝えしたいと思います。

というか、Kindle版の書評は初めてだ!

 

著者について

著者は「鎌田 茂雄(かまた しげお)」さんで、仏教学者です。

2001年にお亡くなりになっていますが、50歳を過ぎてから合気道を始めて、6段になるまで精進したようです。

なお、本書の「はしがき」や「付記」に著の兵法と合気道で会得した共通項等が書き記されています。

 

鎌田さんの「五輪書」を手に取った理由

まずAmazonで五輪書を探して感じたのが、「たくさん五輪書がある」ということです。

様々な出版社の様々な著者が五輪書を出していて、どれを選べばいいんだ…。と悩んだのが第一印象でした。

そんな中、僕が本著を選んだ理由は、「現代語訳と解説が充実している」というAmazonレビューを見たからです。

原文を読むのも大事だけど、現代語訳を読むことで内容を把握し、理解する過程が大事だと思い、鎌田さんの五輪書を購入しました。

 

本書の目次

はしがき

『五輪書』を読むにあたって

地之巻

水之巻

火之巻

風之巻

空之巻

兵法三十五箇条

独行道

 

とってもシンプルですね。

本書は、仏教の「地・水・火・風・空」という言葉をかりた五巻から成っています。

「地之巻」では兵法二天一流の理論的根拠を明らかにし、「水之巻」では二天一流と名付けた理由や太刀筋の大略を記しています。

「火之巻」では敵に打ち勝つための技法を27条に渡って論じ、「風之巻」では諸流の兵法の特徴を明らかにしています。

最後の「空之巻」では二天一流の兵法の究極である『万里一空』について述べています。

ちなみに、二天一流とは、宮本武蔵の兵法のことをいい、まさにこの五輪書に記されていることをいいます。

 

読了した感想と心に響いた言葉

読了して最も感じたことは、宮本武蔵は、兵法を極めるために、とてもストイックで且つ無駄を徹底的に省いて合理性を追求した人だということです。

とっても努力家!(努力とかっていう次元で語れるものではないのかもしれませんが…)

 

例として、「朝鍛夕錬(ちょうたんせきれん)」という言葉が幾度も出てきますが、これは、「先日の稽古を鍛とし、万日の稽古を錬とす。(鍛錬という言葉があるが、鍛とは先日の稽古であり、
錬とは万日の稽古なのである。)」のとおり、日々稽古、自然に努力することが大事で、「どんな仕事も学問も芸術も、少しずつ不断に継続することによって大いなる力となる。」と著者も解説しています。

また、「役に立たぬことをせざること」のとおり、合理的に利害と損得をわきまえ、兵法を極める、いわば「斬る」ことに徹することが目的で、そうでなければ剣は無用だとも言わんばかりです。

合理性を持ち、ストイックに生きた人生をまとめた書が五輪書で、一つ一つの言葉が重く、考えさせられ、そして、心に響きました。

 

その他にも伝えたい言葉は沢山あります!

「五輪書」には、兵法だけでなく現代にも通ずる言葉が沢山あります。

ここでは全てを表せられないですが、その一部を紹介したいと思います。

 

当時では珍しく師匠がいない

「武蔵の芸術活動にも剣法にも、師匠はなかった。かくして到達した独自の境地を『五輪書』として表現した。」との言葉どおり、宮本武蔵には師匠がいません。

当時は師匠がいて流派があるのが普通のようでしたが、武蔵は自分のみを信じて兵法を極めました。

※バガボンドでは師は「山」と言っていましたね。

 

後悔はしない

独行道という、これも宮本武蔵が書き記した自分の生き方を21か条にまとめたものがあるのですが、その独行道において「我、事において後悔をせず。」という言葉があります。

これは、前述した「役に立たぬことをせざること」を徹底した実利主義の結果生まれたものではないかと思われます。

「昨日飲み過ぎた…」と後悔しているような私ではまだまだ修行が足りなさそうです。。。

 

仏神を頼らない無神論者

独行道に、「仏神は貴し、仏神をたのまず。」という言葉があります。

武蔵は、「五輪書」に仏教や儒教や軍記もの、兵法書などに出てくる既成の概念や言葉を一切用いませんでした。自らの二天一流の考え方を自分の言葉や感覚であらわすことに一切を集中したため、「頼まず」という言葉が使われています。

生涯、全力を出し切った自己にのみ頼ったという信念が垣間見えます。

 

兎にも角にも朝鍛夕錬

前述したように、この言葉が最も突き刺さりました。そして、この言葉は五輪書にとても多く出てきます。

それほど大切なことだし、伝えたいことなのだと思います。朝鍛夕錬を行った(行えた)からこそ数世紀後の現代でも多くの人に五輪書が読まれ、宮本武蔵、新免武蔵のことが語り継がれているのだと思いました。

 

全てに役立つようでなければならない

「又世の中に、兵法の道をならひても、実の時の役にはたつまじきとおもふ心あるべし。其儀においては、何時にても、役にたつやうに稽古し、万時に至り、役にたつやうにをしゆる事、是兵法の実の道也。」

と説いているように、兵法は実践に役に立たなければ意味がない。徹底的に合理性、実利性を求めたことが分かります。

役に立つかどうかは、実際はその時には分からないものですが、ある程度判断して取捨選択しなければ、無駄な時間や労力をかけている可能性を否定できません。

何でも行えば良いという訳ではなく、常に真剣に必要かどうかを考え行動していたことが分かります。

 

心を止めず自由でいること

「唯一所に止めぬ工夫、是れ皆修行なり。」というように、心を一か所に止めぬことが自由ということであると言われています(これは沢庵の言葉ですが)。

全巻を通して、初めの頃は兵法が主なのですが、少しずつこのように精神的な内容が多く語られていきます。

その神髄を知ることはとても難しいことだと思うのですが、本著の「訳文」や「付記」、またはバガボンドからその一片だけでも得て、そこからさらに自分で考えることが大事だなと感じました。

私もそうですが、常にバイアスがかかるのが人間だと思うので、どこかに止まることなく捉われることもなく自由でいなければならない(自由にさせなければならない)と感じます。

 

見るの目と観るの目を意識すること

目には「見るの目と観るの目」がある。見るの目は、まさしく物理的な目のことを言い、観るの目をというのは心で見ることを言うと説いています。

戦の際にも、観るの目を強くし、見るの目は弱くする。離れたところの動きをハッキリとつかみ、また身近な動きに捉われず、それを離してみることが兵法の上で最も大切であるとのことです。

特に、心は臍下丹田(せいかたんでん)にあり、この丹田で相手の気の動きを聞くことが重要だと言っています。心で見るだけでなく、聞くのですね。

なお、臍下丹田とは、へその下あたりにあり、心身の精気の集まるところのことを言います。

鎌田さんは解説でこのように言っています。

「見の目だけで見ていては目先しか見えなくなる。観の目を研ぎ澄ましてこそ、遠いところが見えてくる。全体が見えてくる。未来が見えてくるのである。」

とても素晴らしい言葉だと思います。

 

水之巻の末巻(一歩ずつ進むこと)

「千里の道も一歩ずつ運ぶのである。ゆっくりと気長にとりくみ、この兵法の道を修行することは、武士のつとめであると心得て、今日は昨日の自分に勝ち、明日は自分より下手なものに勝ち、次には、自分より上手なものに勝つと思い、この書物のとおりに鍛錬をつみ、少しもわき道に心を動かされぬように考えよ。

この言葉どおり朝鍛夕錬で日々を過ごし、一日ずつ昨日の自分に勝って行くことがとても重要ですね。

 

火之巻の兵法について(戦略家であること)

「「景気を見る」というのは、大勢の戦いにあっては、敵の意気がさかんか、あるいは衰えているかを知り、相手の人数のことを知り、その場の状況に応じて、敵の状態をよく見て、こちらの人数をどう動かし、この兵法を使うことによって、確実に勝てるというところを吞みこみ、先の状況を見とおして戦うことをいうのである。」

兵法だけでなく、ビジネスや身の回りで起こる様々なことに応用できそうな考え方です。

孫子の言葉の「敵を知り己を知れば百戦殆うからず」にも通ずる内容ですね。

 

相手になって考えることの重要性

「「敵になる」というのは、わが身を敵の身になりかわって、考えることをいうのである。」

子供の頃、よく親から「相手の身になって考えなさい」と注意を受けたものですが、それは真心の話し。けれど、勝負の世界でもそうすることで相手を分析する方法の一つとして用いることがあり、それはとても重要なことです。

敵を知るにも繋がりますね。

 

空之巻(万里一空であること)

「武士は、兵法の道を確実に会得し、そのほかいろいろな武芸を身につけ、武士として行なわねばならない道についても心得ぬところがなく、心に迷いがなく、日々刻々に怠ることなく、心と意の二つの心をみがき、観と見の二つの眼をとぎすませ、少しもくもりなく、一切の迷いの雲が晴れわたった状態こそ、正しい空であるということができる。」

とても難しい言葉ですが、これこそ「心技体」が充実してこそ正しい道に行けると言われているような気がします。

 

まとめ

僕も日々精進していると思っていますが、五輪書を読むと、自分は到底ストイックとは言えないなと実感しています。

「昨日飲み過ぎた」とか、「夜更かししちゃった」とか、「勉強や筋トレしなかった」とか、挙げればキリがない。。。うぅ。。。

朝鍛夕錬を心に以って精神の柱とし、少しでも宮本武蔵のようにストイックに自分の感性を完成させていきたいなと思いました。

ということで、今回は「五輪書」についてお伝えしました。

たぶん、数回読むことでまた違った角度から見れたり、新しいことを学べるのかなと思います。

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